2005年11月10日

飛田新地の食堂で

私の通っていたスポーツクラブで一生懸命踏み台昇降をしているおばあちゃん

「下に下りるとき、気持ちを上に残して足だけ下に置く感じで降りるといいですよ」
と私がアドバイスすると


「こんなおばんに優しいでんな。おおきに。こうでっか?」
とものすごい大阪弁で答えてくれたおばあさん。


それ以来、私を見つけると、とてもうれしそうに
「おきばりやす。」といって、

「あめちゃん、いりまっか?」と飴玉をくれます。



私が「ようがんばるねぇ」というと
「へえ。元気に死ぬためでんねん。」とケラケラ笑うんです。


「????」私が怪訝な顔をすると
「ぽっくり、いかなー。めいわくでっしゃろ。ぽっくり、ぽっくりですわ。」







あるとき、急に
「あんた、ひとりもんでっか?」と聞くので、

「うん。子供は二人いてるよ。」

そんな話から、自分の過去を語ってくれました。






四国で酒乱の夫に苦しめられ、逃げて大阪に来て、
新しいだんなさんと、一人の息子に恵まれます。


「優しい優しいええ男でしてん。

ほんま、ええ人ちゅうのは、はよ、逝きまんな。

わては、人が悪い、根性がくさっとるから、ほら、こんなに長生きや。」


その優しいだんなさんはおばあさんが40歳で死なれたそうです。




「それまでは食堂やってましてん。よーはやってましてんで。
そやけど、だんなが死んだら、続けられへんかった。

そやけど、わて、なんもできまへんやろ。そやけど、ガキもおるし、
田舎からにげてきたから、身内にもたよれまへんしな。

ほんで、わて、食堂続けよ、おもて。」




「お金あらへんから、店はもてまへん。ほんで、考えましてん。

飛田って知ってまっか?」


飛田新地:明治末、遊廓だった曽根崎新地や難波新地が、大火で焼失したため、
     大正5年、飛田新地(西成区山王町)に遊廓を置くことになりました。

     当初、100軒あった妓楼が、昭和初期には200軒を超えるほど栄えました。
     
     昭和33年4月に施工された売春禁止法から逃れるべく、「料亭」として
     営業許可を取得して、『飛田新地料理組合』というものに形を変えて、
     娼婦たちの商売を保護するためのものだそうです。

     表向きはお客に料理を配膳するオンナたちが個人的に交渉という
     見てみぬ振りって奴ですね。

     玄関先にちょこんと正座して座る女の人がいるそうです。
     ピンクの提灯でボォっと照らし出され、一種独特の淫靡さを漂わせている
     らしい。女の人の横には必ずペアでおばあさんが座っており、
     道行く客に声を掛けてます。

     「お兄さんちょっと寄ってらっしゃい」
     「いい娘だよ〜」

「うん。知ってるよ!」

「今でもみんな差別してまっけど、昔はひどかったんやで。

だーれも近づかへん。あそこにいてんのは、これ目当ての男だけですわ。」
とおばあさんは、こぶしを握り親指を人差し指と中指の間に入れて私に示します。


「ほんでな。わて、料理屋いって、出前ないでっかーゆうて、出前とりましてん。

ほんだら、あんた、よーはやりましたがな。よーもうけましたで。

ほんで、息子、四国に残してきた息子にも大阪の子にも家、買うったって、
わても自分の家買いましてん。

ほんで死ぬまでの金、貯まったから、店閉めましてん。」







「孫?そら、かわいいでっせ。そやけど、そんなもんあんた、小遣いくれるから
なつきまんねん。」




「前から気になって、気になってしょうないことおまんねん。教えてくれまっか?
あのー、泳ぎ教えてはる男の人いてますやろ。その人らの水着でんがな。
あんな、ちいこいのんで、はみでぇへんのかおもて、わて、どきどきしまんねん。」


「いやー、すけべぇやなぁ!」

「なにいうてまんねん。人間ちゅうもんは、すけべでっせ。それでよろしいねん。
あんたもそのうち、また、誰か好きになって、はめたりはずしたりしまねんで!」

「ほら、あすこで、きれいに化粧してダンス踊ってるおばはん、いてますやろ。
あれは、昔は、飛田で働いてましてんで。うまいことやりおって、男つかみましてん。

そら、そこのおばはん、よーこえた。そうそう、そのおばはんは飛田の料亭のおばはんや。

みんなすましてるけど、ほんまはえぐいことしてまんねんで。人間なんてそんなもんや。」



「あんた?あんたは悪いことしとらんわ。顔見たらわかる。まだまだ、おぼこいわ。」
(まだまだ、幼いっていう意味です。)









「あんたに、これだけはいいたかってん。あんな金やで。金。金を大事にしいや。
なんかやらしい聞こえまっけど、金やねんで。」



他の人に言われたら、言い返してしまうようなお金についての意見でも、
このおばあさんに言われたら、素直に私を守ってくれる言葉として、受け入れようと
思いました。



86歳のおばあちゃんはますます、元気です。

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posted by 鉄人ママ at 13:48| 大阪 ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | 大阪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ついつい引き込まれる話です。
おばあちゃんからしてみれば
みんなまだまだ子供って感じ。。。
若者が言えば反対されそうな
同じ言葉でも説得力が全然違います!!
粋なおばあちゃんですね。

でも大阪のスポーツジムって
和気藹々としてて
楽しそうですね〜♪
Posted by たけのこ at 2005年11月10日 14:43
大阪のスポーツクラブや、おまへん。
わての周りだけ、にぎやか、でっせ。
あっ!うつってしもうた!!
Posted by 鉄人ママ at 2005年11月10日 15:10
生き証人や!人生私もまだまだですね。
やっぱ女性の方が生きる力すごいわ。
死に対しても覚悟してますねぇ。
悲壮感が見えないところがすごい。
Posted by santa at 2005年11月10日 17:22
ねぇ。いいでしょう。大好きなんです。
どんどん元気になっていくんです、そのおばあさん。

大阪弁でわかりにくい記事になったと反省してたので、わかってもらえてうれしいです。
Posted by 鉄人ママ at 2005年11月10日 17:53
気持ちよすぎるほど、気持ちのいいおばあさんですね。大阪弁だから余計に引き込まれるような魅力を感じるのかも。
パワーを分けてもらった感じがします。
Posted by にゅーとりあ at 2005年11月11日 00:12
>にゅーとりあさんへ
なんぼ、吸い取ってもこのおばあさんから、パワーはなくなりませんから、どうぞ、もっていってチョーダイ!!
Posted by 鉄人ママ at 2005年11月11日 09:20
飛田新地にある「鯛よし百番」に行くことになり、調べているうちに、このページに来ました。

いい話ですね。わたしは家がわりと近いので、よく通ります。
過去のお話ってのは、ほんとうに喜怒哀楽なり、浮き沈みの激しい話ほど、聞きごたえ、読みごたえがあるもので、ついつい、スポーツクラブのワンシーンが浮かぶほど鮮明に感じました。
Posted by こやっち at 2005年11月25日 06:35
味のあるおばあさんです。ちょっといたずらでエッチな感じが伝わればもっと面白いんですけど。
Posted by 鉄人ママ at 2005年11月26日 00:39
たまたま見かけて、読み込んでしまいました。
ひさびさにおもしろい文章を読ませてもらいました。
私も大阪人(北)なのですが、こういう心地よいえげつなさ(いい意味で)、が大好きです。
うそがないですよね。このおばちゃん。

ちなみに、水着はサポーターを付けてるので、
はみ出ることはないと思います。
個人的には、はみ出たことはありません。
でも、このどきどきが、おばちゃんの長生きを
支えてるかもしれないので、秘密にしておいて
くださいね。
Posted by ぱすぱす at 2005年12月02日 13:40
そうですね。ずっとずっと内緒にしておきましょう。
Posted by 鉄人ママ at 2005年12月19日 13:35
飛田新地のブログの人みたいな書き方ですね。鉄人ママ頑張って
Posted by ピンク at 2006年11月13日 20:33
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